優しさ

ある、雨の降る夜、

黒いパーカーにデニム姿の男が二人、

傘もささずに歩いていた。


谷中霊園に向かう小さな交差点、赤信号が二人を遮る。

車通りは、無い。

この風貌の男なら、確実に赤信号を無視しているであろう。

むしろ、真面目ぶって守っている方が、不自然である。

しかし、この交差点にはもう一つ二人を遮るものがあったのだ。


『交番』である。


赤信号の向こうからは、お巡りさんおっさんが、

猛禽類さながらの目で、こちらを睨みつけている。


ここは、おとなしく待とう。


二人は、声にこそ出さなかったが、お互いにそれを感じた。



雨の降る夜、黒いパーカーにデニム姿の男が二人、

傘もささずに小さな交差点で立っている。

車通りは、無い....。


先に動いたのはお巡りさんおっさんの方だった。

ガラス窓の向こうから、こちらを睨みつけたまま、重い腰を上げ、

目はギョロッと二人を睨みつけたまま表に出て、

二人に向かって、ゆっくりとこう言いった。


「雨でぬれちゃうから、渡りなっ」


意外であった。

二人は完全に虚をつかれた。

虚をつかれすぎて、何か良くわからないけど、


「ありがとうございます」


と、言ってしまった。

そして、赤信号を堂々と渡り、夜の隙間に消えて行った...


ある雨の降る夜の、小さな町の小さな出来事。

冷静に考えると、何かがオカシイ。

「雨でぬれちゃうから、渡りなっ」も、

それに対しての「ありがとうございます」も。

これが優しさなのかどうかも、よくわからない。


よくわからないが、ほっこりとした気持ちになる、

極めて人間味のある一幕であった。


おしまい
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